会員さんに質問しっぱなしって失礼だなと思うので、先に仲人側から。
活動を始める会員さんには、いろんなパーソナルな質問をさせていただきます。
時には踏み込んだ内容だったり、言葉にしにくいようなことも、伺う立場です。
(自己理解の上のお相手への自己開示は婚活の上でとても重要な為)
会員さんには自己開示を求める立場として、カウンセラー側の情報もお伝えしないとイーブンではないな。
そもそも知らない人に自分について話すのって精神的に会員さんの負担が重くない?とおもったので、先に私たちカウンセラーの自己紹介をさせていただきます。
今回は、津崎の話をします。
京都生まれ・滋賀県育ちです。
39歳で、家族構成は夫と、息子(8歳)が一人の三人家族です。
都内渋谷区に住んでいます。
友達は少ない方で、片手で数えられるくらいの人数ですが、狭く深くの人間関係を築くタイプです。
MBTIはINFP(仲介者)でした。
京都生まれ滋賀県育ちなので、今でも親と話す時は関西弁です。
母が、京都にある自分の実家でお茶とお花の教室をやっていたので、小学生の頃は週に2日はおじいちゃん・おばあちゃんの家で、親戚のおじちゃんも一緒に、両親以外の親族にも囲まれて過ごしました。
学校帰りに親が車で学校前に迎えに来てそのまま京都に移動していたので、友達と遊べないのは少し嫌だった気がしますが、おじいちゃんおばあちゃん・おっちゃんと長く過ごして、父と母、兄弟以外にも気軽に話せる親族が普段からいる環境だったのは今思い返すとよかったです。
茨城県牛久市に引っ越す
父の転職で、小学5年生の時からは茨城県牛久市で過ごしました。転校先の小学校で同級生に誘ってもらってバスケットボール(ミニバス)を始めたので、バスケットは今でも好きです。たまに子供を連れて観戦にも行きます。
中学生でもバスケ部に入りましたが、身長が小さくてシュートがゴールに届かなかったのに、今考えるとよく頑張ったなあ...と思います。
高校は土浦日大に通っていました。自宅から学校まで11キロを、毎日自転車で移動していたのを覚えています。
学校に対しての帰属意識とかは全くない方なのですが、2023年に野球部が甲子園で準優勝した時は少し嬉しかったです。
受験も就活も苦手でした
勉強はそこまで得意ではなかったので、高校3年生の時の受験は全滅。どこも受かりませんでした。涙
予備校に通って一浪して明治大学に行きました。
(予備校生活は楽しかった。)
大学時代は携帯電話販売のキャンペーンのアルバイトをずっとしていました。
(ここで田中と会えたので本当にラッキーでした。「必要な持ち物は笑顔!」という、すごく楽しい、好きなアルバイトでした。)
就職活動もやってみたところ、面接がすごく苦手だったので、普通の就職は無理と悟って、割と早めに諦めました。
歌舞伎が好きだったので、大学卒業後は大阪の劇場で案内係をしました。
最初は仕事で舞台を見られて純粋に嬉しかったのですが、大阪には友達が一人もいなかったので寂しくなって東京に戻ってベンチャー企業に就職しました。
人生、結構辛いこともあったな...。
基本的に人生がストレートには進まず、すごく順風満帆というわけではなかったので、「なんかうまくいかなくて辛いな...」と思う人の気持ちはすごくよくわかります。
「自分は真面目にちゃんとやっているつもりなのに、なぜか周りと比べて認められない。上手くできない。悲しい。」
そんなふうに思っていた気がします。
ウェディングの情報サイトを立ち上げて12年運営。
その後、ウェディング情報メディアを立ち上げることになり、12年運営・会社を経営していました。
私はもともと小さい頃から本好きで、学校の図書館の本は端から端まで読む...みたいな子供だったのと、ブログを書いたり日記を書いたりするのが好きだったので、WEBメディア運営は結果的に得意なジャンルでした。
学校や就職のようなシステムは、ルールやセオリーを守るタイプのほうが歓迎されて、「そもそもそれはなぜ?」と考える人はあまり受け入れられにくい側面があると思っています。
私は昔から、無意識に「そもそも...」「これって根本的に何が問題なのかな?」「もっとよくならないのかな?」「意味あるの?」と考えてしまうタイプだったので、そういった環境には正直あまりうまく馴染めませんでした。
でもその一方で、小規模でもビジネスを自分で運営する立場になると、「前提から考える姿勢」や「背景まで想像すること」を信頼していただける場面が多くなり、自分の居場所を見つけられたような気がしました。
その後、人生のラッキーポイントをだいぶ使って、自分のサイトを業界内ではトップレベルのメディアに育てることができ、WEBメディアの枠を超えて、日本で一番人気のドレスデザイナーさんとコラボでドレスを作ったりできて、沢山の花嫁さんに着ていただけたりしました。
継続力と根気がある。
仕事はうまくいきましたが、その背景では会社とサービスの責任者としてのタスク量とプレッシャーは大きかったです。
完全に休みの日はほぼなく、常に時間に追われながらずっと考え続けるのと同時に行動する必要がありましたが、それでも手を抜いたり妥協したりすることなく、365日を12年間過ごしました。
そういえば私は短距離走よりも長距離走の方が得意だったり、一見辛い環境でも忍耐強く頑張れる、我慢強い性格でした。
継続力や根気は、すごくあるんです。
どんなことがあっても、「もう無理!適当にやろう。」とカウンセラーの私がなることはないので安心してください。
夫とは職場で出会いました
夫とは元同僚です。夫はプログラマーです。
夫が会社を辞めてから仲良くなって、付き合って1年半で結婚しました。
もうすぐ結婚して10年で、息子が8歳です。
私は恋愛体質でもなく、人を好きになるスイッチが良く入る人間ではなかったのですが、辛いことでも一人で耐えるタイプの私に寄り添って優しくしてくれるタイプの人だったので、すごく安心できて、結婚したいと思いました。
(長女気質の頑張り屋の女性と、精神が安定した包容力ある男性の組み合わせは王道で、結婚にもとてもおすすめです)
結婚は、絶対にしたいと思っていました
私は自分の両親が仲が良くて、私が大学生になってからは二人で一緒に旅行に行っているのを見ていたり、お父さんがお母さんのことを人に紹介するときに「妻はとても素晴らしくて...妻のおかげで...」と言っているのや、英語で「My beautiful wife」と表現しているのを見ていたので、私自身も、自分の人生で結婚して子供を産むのは絶対にしたいという気持ちはありました。
(でも、できるかな...好きな人もいないしな...と思っていました)
付き合っていた時は私は東京に住んでいましたが、夫は北海道で仕事をしていたので、遠距離恋愛でした。毎週どちらかが金曜日の夜に飛行機に乗って東京か北海道に移動して、2日間一緒に過ごして日曜日の夜にまた飛行機で帰る...というのを1年くらい続けました。交通費がお互いに1年で150万円くらいかかって、夫は貯金がなくなったと言っていました笑
付き合い始めてすぐに、もう結婚したい!と言っていた気がします笑
結局、付き合ってから1年半で結婚しました。
(夫はそんなに結婚したいと積極的に思っていたわけではなかったそうですが、まあ女性がいうなら...しかも、子供も産むなら...ということで、私がそのとき30歳だったので、結婚して子供を育てるのもいいかなぁと思ったという感じでした。)
結婚相談所のカウンセラーとして向いていると思う点
✅人生が上手くいかない時の気持ちが分かります。上から目線で怒られたりするのも嫌いなので、会員さんともフラットな関係を築けたらと思っています。
✅「こうして当たり前」「これが正解だ」みたいな固定観念に捉われることはないので、どんな悩みや相談もしてください。
✅人をジャッジするようなこともありません。
✅自分自身、画一的に扱われることが嫌いなので、会員さんに対してもマニュアル通りでない、良い意味で人間臭い対応をさせていただきます
✅「どうしてこうなるんだろう?」ということを深掘りするので、自己理解や他者理解を深めて、婚活だけでなく、結婚後のすれ違いが起きにくい関係構築を目指します。結婚がゴールでなく、幸せな結婚生活が目標だと真剣に思っています。
こんな人間です。よろしくお願いします。
カウンセラーとの相性って大事なので、自己紹介をしてみました。
今までSNSは結構やっていましたが、こんなに詳しく自分の人生について説明したのははじめてでした!
⬇︎私のInstagramです。よかったら見てください。
https://www.instagram.com/haruno45/
無料相談前に、問い合わせ先の人間はこんな人間なんだな〜と、安心していただけると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。


